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Vol.38 映画「カンタ!ティモール」

2015年5月1日

東ティモールを旅しているときに青年(アッレクス)の歌を聞いた。「ねぇ仲間たち。ねぇ大人たち。僕らの過ちを、大地は知ってるよ」日本帰国後もメロディが耳に残って離れず、再び島に戻る。そこには、精霊たちとともに暮らし、太陽に照らされ、はじけるような笑顔の人々が暮らしていた。その一方で、人口の3分の1の命を奪ったインドネシア軍の攻撃が濃い影を落とす。報道にのらない地下資源ビジネス、日本政府の驚くべき行動。弾丸が飛び交う中、人々は命をわけるように助け合い、自然を敬い、輪になって踊る、遠く懐かしい風景。映画は私たちに豊かさとは何かを語りかけてくる。

 

広田:ティモールには「イタ」という言葉があります。「あなた」という意味なんですが、同時に私たちという意味でもあります。だから、あなたのものは私たちのもの、あなたの子どもは私たちの子ども、あなたの家は私たちの家となるんです。所有の概念が私たちとは違うんです。「これ誰の?」って聞くと「イタ・ニアン」と答えが返ってくる。二アンは所有を表していて、「あなたのもの」です。「私のじゃないけど、誰の?」って聞くとまた、「イタ・ニアン」と返ってくる。初めわからなかったんですが、「私たちみんなのだから、使うといいよ」と言ってくれているんです。そういう所有の概念で社会を見ると「あなたは私の娘を殺しましたね」という文章が、「私たちは私たちの娘を殺しましたね」という他者の捉え方になっていくんです。そう考えて問題を解決していこうとする。それはティモールだけでなくてポリネシアの言葉でも「私たち」と「あなた」がごっちゃになっているのが多いみたいです。前に長野県の大鹿村で、そこのおばあちゃんたちがしゃべる方言で、「あなた」のことを「みんな」と言ってました。

互井:へぇー、日本にもそう言う考え方があったんだ。

広田:そう、本当に一緒なんですよ。それが太平洋文化なんだと思うんです。自分と他者との境界がすごく曖昧なんです。アレックスの歌を最初に聞いたときに、私は歌の意味が気になって、それを聞きに行ったのが映画の旅の始まりになりました。その歌の意味は、「ねえ、仲間たち、ねえ、大人たち。僕らの過ちを大地は見ているよ」と。「僕らの過ち」というのが、私は最初わかりませんでした。ティモールの人たちが、あの攻められている状況の中で「僕らの過ち」と歌っているのは、何か彼らに過ちがあったのか、間違った行いがゲリラの組織の中で起きているのか、何だろうと思って聞きに行きました。「僕ら」というのは、その戦争を含めて「彼らの過ちで」ではなくて、「僕らの過ち」と呼んでいるわけです。そういう世界の捉え方なんだと思いました。 ・・・・・・・・・・・

広田:ティモールの人たちが、あの壮絶な独立運動の中で合い言葉にしていたのが、「ネイネイ・マイベ・ベイベイ」という言葉です。「ネイネイ」は「そっと、ゆっくり、やさしく」という意味です。「マイベ」は「だけど」、「ベイベイ」は「いつも、いつまでも」です。「そっとやさしく、ゆっくりだけど、いつも、いつまでも続ける」という運動をやりました。自分が死んでも、何世代かかってでも平和が大事ということを言い続け、伝え続ける。その覚悟がティモールの多く人にはあるんです。

互井:きっと笑いながらなんでしょうね。僕もがんばってみよう。

広田:そう、そっと、ゆっくり、やさしく、いつまでもです。

 

ハスノカホリ 2013.Vol.43 ロータスインタビューより抜粋

広田奈津子監督へのインタビュー

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From → 通信

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