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Vol.24 戦争の過ちは墨塗りでは消せません

2014年3月24日

 私は1936年(S11年)、2・26事件が起きた年の生まれです。まさに、国体護持の思想の元に、戦争へと突き進んでいく状況の中に生まれ育ちました。天皇は神様で、国民は天皇の赤子だと教えられました。「天皇陛下って、オシッコするのかな?」「そりゃするよ」「神様だからしないよ」などと、遊びをやめて直立不動の姿勢で言い合ったものです。戦中は強制学童疎開をさせられた最年少組でした。疎開では飢餓とシラミといじめに非常に辛い思いをして過ごしました。

 ようやく戦争が終わって、秋から東京の学校に行き始めました。ある日、「墨と筆と教科書を出して、指示する箇所を墨で塗りつぶすか、訂正しなさい」と先生がおっしゃいました。何故消すのか?何故訂正するのか?は説明がありませんでした。例えば、算数の文章題で、「『太郎君はお宮の前を通って』を 『ポストの前を通って』 に直しなさい」といったものです。音楽の教科書の中で、美しいメロディーで大好きだった「田道間守」の歌を全部消しなさい、と言われました。こんな美しい歌を何故?と思いました。学校の帰り道に考えました。あっそうか!「君のおおせをかしこみて、万里の海をまっしぐら」の「君」は天皇のことだったのか。戦争も終ったので、もう天皇は神様でもないし、忠義を尽くす必要もないというこということなのだと気づきました。でも、この歌がいけないのなら、最後のページにある「君が代」はなぜ良いのだろう?そう思いました。今もって、何故「田道間守」が悪くて、「君が代」が良いのかわかりません。文部省や大人たちは、戦争による過ちを墨で塗って消せると思ったのでしょうか?

 この、矛盾に満ちた怖ろしい経験を、戦争を知らない、洗脳の恐ろしさを知らない人たちに伝えたいと思い、当時の教科書を探しました。ところが、どこの図書館に行っても1945年当時の教科書は墨塗りをした後のものでした。墨塗りの痕跡は全く残っていません。したがって「田道間守」の歌は載っていません。偶然、旅先の鳥取の「おもちゃ館」だったかで、当時の音楽の教科書と出逢いました。後日、文部次官通牒という資料に「終戦ニ伴ウ教科書用図書取扱イ方ニ関スル件」(S20年9月)という文書を探し出しました。上記の墨塗り箇所はこの資料によるものです。この経験から、日本の歴史認識のあいまいさを指摘されても、私は「その通り」といわざるを得ないのです。誤っていた過去を消し、その消した事をも消し去っていたのです。過去の過ちを消し去ってしまうことは、過ちを過ちと思っていないということです。韓国に「天皇からの謝罪」を要求されるのも、むべなるかな、と思います。

 最近「田道間守」が合唱曲として歌われ、田道間守が祭られた神社に参拝者が多いことを知りました。またぞろ、皇国史観などが出現しないで欲しいものです。最近の安倍首相と政府の独断専攻による皇国思想と軍国主義の推進の気配は大戦直前そっくりです。マスコミが政府御用達に成り下がっているのもそっくりで、怖ろしいです。

 

通信安宅

印刷用Vol.24

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From → 通信

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